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夜に爪を切る

「夜に爪を切ると親の死に目にあえない」という言葉が、本当に夜に爪を切らせない効果を持つとすれば、その理由は何でしょうか。私は、まず「死に目」という言葉を恐れます。自分が大切だと思っている親と別れなければならないことへの恐れ、そのきわに立ちあえないのではという恐怖心を感じます。自分が親よりも早死にする結果、死に目にあえないという意味には理解していませんでした。私は親にはいつまでも長生きしてほしい。死に目などという言葉自体が憚られると感じます。そういう親を思う子の気持ちとかみ合うからこそ、この言葉は、夜に爪を切らせない効果を発揮しているのだと思います。

私は親から「夜に爪を切ると親の死に目にあえないよ」と言われて育ちました。そのため、これまで夜に爪を切ったことはありません。日曜日の夕方、まだ明るいうちに切るなどの工夫をしています。もしもこの言葉が、自分が早死にすることの恐怖を述べているとすれば、それはつまり「あなたは夜に爪を切れば早死にするよ」と言われていることを意味します。しかし、それでは爪を切らせない理由の説明にならないと思います。夜に爪を切る人が多いのは、このように抑止力を保つには十分でない解釈が普及している表れでしょう。

ところで、これが初出かどうかは、わかりかねますが、私自身が頭で考えた納得できる新説を以下に記します。まず、爪を切るという行為は、人間にとって丸腰の油断した状態です。くつろいだ状態だと思います。私は、家族以外の前で爪を切りません。私生活を見せてしまう恥ずかしさを感じるからです。もしも世が乱世であれば、夜でも警戒心を解くことはできません。常に気を引き締めた状態、気を張りつめた状態を維持するべきだと考えます。そういう状況下で、「警戒心を解くな。油断すれば死あるのみ。親の死に目にあえないぞ」と言われたとしたらどうでしょうか。それなら十分に納得できます。「爪を切る=詰めを切る(緊張を途切れさせる)」の語呂あわせで、「夜でも気を張り詰めた状態を途切れさせるな。油断すればやられるぞ。」という意味なら賛成できます。常に言葉を慎み、緊張感をもって臨めという普遍的な意味を持つことになるからです。つまり、この言葉を現代語に訳せば、混沌とした中でも崇高な理想を忘れずに緊張感を保てということでしょう。この説であれば、私は引き続き夜に爪を切ることなく生きていけると思います。

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