1. 顔淵第十二(284)N

顔淵第十二(284)論語ノート

子張問明。子曰。浸潤之譖。膚受之愬。不行。焉可謂明也已矣。浸潤之譖。膚受之愬。不行。焉可謂遠也已矣。

子張明を問う。子曰く、浸潤(しんじゅん)の譖(そし)り、膚受(ふじゅ)の愬(うった)え行われざる。焉んぞ明と謂うべきかな。浸潤の譖り、膚受の愬え行われざる。焉んぞ遠しと謂うべきかな。

子張が、人を見抜く力について問いました。子曰く、浸みいるような悪口や切り裂かれるような反感を受けていない人を登用する。それではその人を見抜いた判断とは言えないな。浸みいるような悪口や、切り裂かれるような反感を受けていない人を登用する。必ずしも縁遠くて人となりが見えないだけとも言えないが。

この章を読むことができました。子張は孔子に、人を見る目を問います。孔子は、その人が悪い評判の持ち主でないだけで選んではいけないと教えます。悪い評判がないというのは、自分がその人をよく知らないだけだとまでは言えないが、その人が知者であるとも言えないのだからという受け答えをしている章だと思います。「焉可謂明也已矣。」「焉可謂遠也已矣。」と区切ることは分かっていましたが「遠い」とはどういう意味なのか全く理解できずに数年が経ちました。やっと思い至りました。他人を理解することは難しい。自分が理解されるためには自分が努力すれば良いのです。5月7日は、この章が理解できた記念日としておきます。