1. 空の青さを知る人よ

空の青さを知る人よ

2019年10月11日に公開された映画。長井龍雪監督、岡田麿里脚本、キャラクターデザイン作画総監督 田中将賀。

多くの人が心に封印している小大様々な思いを解き放つきっかけを得る作品ではないだろうか。純粋に夢を追い続けることや、その時が来るのを待ち続けることは誰にでも成しうることではないが、この映画のような生き方を貫徹できた自分を想起することで、心の中に未昇華のまま残されたテトリスを噛み合わせることができるような気がする。本作品の主人公はあおいなのかもしれないが、あかねと慎之介を主人公に見てしまうのは歳を重ねたせいだろうか。

高校生の相生あおいと、13歳ほど年上で、市役所で働く姉の相生あかねとは、姉妹二人で暮らしている。かつてあかねの高校時代には同級生のバンドメンバーと共に楽しく過ごした日々があった。そのバンドの中心的存在が慎之介。仲間たちから「しんの」と呼ばれていた。幼かった妹のあおいも姉に連れられて古いお堂での練習に顔を出していた。楽しかった日々。しかしあかねとあおいは突如、両親を交通事故で亡くす。しんのは東京へ出て音楽活動を続けたいという夢を持っており、あかねに一緒に東京へ行こうと誘っていた。しかし両親の突然の死を前に、幼いあおいを育てる責任を引き受けたあかねは、その申し出を断らざるを得なかった。

しんのが描く東京での音楽活動は、あかねと一緒にという前提があった。あかねに東京行きを断られたとき、迷い悩んだ。当時その場に居たあおいは、姉を連れていくなと泣いて遮った。しかし、しんのは「あかねスペシャル」のギターを封印してお堂に残し、音楽で成功してあかねを迎えに戻りたいという思いを胸に、一人東京へ進む道を選んだ。そのままあかねとの連絡は途絶えた。あかねはしんのへの思いを胸に仕舞い込んだまま故郷にとどまり、自分の意志でその後の人生を歩んできた。大切な人に寄り添うことができなかった。一緒に歩んで、成長する時間を共有して、お互いの大切さを積み重ねることができなかった。あかねは、幼い妹のあおいを大切に守り育てながら生きてきた。

しんのは東京へ出た。音楽を志し、壁に突き当る。その道は技術だけでは難しく、運や人のつながりも成功を左右するのだという。厳しい現実を受けとめて乗り越えようとしてきた。ようやく果たしたソロデビュー曲は「空の青さを知る人よ」。しかし思うように成功を収めることはできず、今は演歌歌手のバックバンドのギタリストとして地方を回っている。それを成功だとは思っていない。

故郷で開催される音楽祭に演歌歌手が出演することになり、慎之介も故郷でバックバンド演奏の仕事をすることになる。市役所では地元振興の役回りであかねも応援に駆り出され、そこで慎之介と再会する。

高校生になった妹のあおい。かつてのお堂でひとりベースの練習をする。進学せず東京へ出て音楽活動をしたいと思っている。かつてのしんのへの憧れでもある。姉に頼った生活を抜け出して、姉に自由に生きてほしいと願っている。そのベースの練習中にお堂に現れたかつてのしんの。お堂から外へは出ることができない地縛霊。あかねに東京行きを断られた翌日のしんの。「タイムスリップ」の高校生のしんのは東京で成功してあかねを迎えに来たいと率直な思いを語る。あおいは自然に、しんのに心惹かれるようになる。

演歌歌手は地元の雰囲気を感じ取って音楽祭のステージに生かしたいという趣旨で、一週間ほど前に地元入りして、観光を楽しんでいたが、バックバンドのメンバーが鹿肉にあたり、安静加療が必要となった。そこで市役所で働いているかつてのバンドメンバー「みちんこ」と、高校生のあおいが代役でバンド演奏に加わることになる。

音楽祭前日のリハーサルの日に、あおいは会場の裏手であかねと慎之介の姿を目撃する。あかねは、慎之介のデビュー曲を買ったこと、昔演奏したガンダーラと同じくらい好きな曲だと伝えて、歌ってもらおうとするが、慎之介はあかねへの思いが込められたデビュー曲を真面目に歌えずに声まねを交えて面白おかしく歌って聴かせる。あかねはそれにお腹を抱えて笑う。二人の楽しかった頃がそのまま再現された瞬間だった。歌の後、慎之介は、音楽をやめて故郷に戻って来ようかとあかねに伝える。しかしあかねは、31歳はまだ若い。がんばれと伝える。それは慎之介を応援したい思いでもある。しかし慎之介はその言葉を時間の溝として受けとめて、何も伝えずにその場を立ち去ってしまう。残されたあかねはその場で大粒の涙をこぼす。その姿を見てあおいは、姉の本心を痛いほど感じた。

また音楽祭の前日に演歌歌手の「元気玉」のペンダントの紛失が騒動となる。観光先で立ち入り禁止のトンネルに入った際に落としたことが推測され、あかねが一人で取りに向かうことになった。

そもそも素人が演奏に加わることに気分を害していた慎之介はリハーサルに欠席したのだが、バンドメンバーからはリハなしで音を合わせられると、その演奏技術を全面的に信頼されている。休憩時間に、かすかに有感地震がある。あかねが向かった地域で土砂崩れがあったと知る。あおいは胸騒ぎがして直ぐに連絡を取ろうとするが、電話が通じない。あおいは、居てもたってもいられず、しんのの元へ向かう。

かつてバンドの練習を重ねた場所を慎之介が訪れる。そこで、しんのと出会う。そこにあおいが駆け込んでくる。土砂崩れであかねと連絡が取れないと伝える。しんのは慎之介に何故お前が行かないのかと怒りをぶつける。そしてしんのは、お堂の地縛を自ら突き破ろうとする。あおいは、しんのの手を引っ張りそれを助けて、地縛が解ける。それはお堂に立て掛けられた「あかねスペシャル」の錆びた弦が切れて床に倒れたのと同時だった。しんのとあおいは、あかねを助けに向かう。地縛が解かれたしんのは、あおいを抱えて空を飛び、現場へ到達する。

外にあおいを待機させて、土砂崩れで入り口をふさがれたトンネルの中へしんのが向かう。しんのとあかねは再開する。あかねは高校生のしんのが現れてもそれを自然に受け入れて応対する。そして薄暗がりの中での再会でよかったという。13年の歳を重ねた姿をしんのに見られずに済むから。しかし、しんのは既にお堂を訪れたあかねを見たこと、高校生になってベースを弾いているあおいに会ったことも語る。しんのは自分と同じ年代まで成長したあおいの姿に驚いたことを語る。そしてあかねが選んだ生き方を受けとめて、そんなあかねを好きになれてよかったと、あかねの生き方を肯定する。

あおいとしんのに置き去りにされた慎之介はタクシーでトンネルに駆け付ける。土砂で崩れたトンネルの入り口であおいに引き留められる。そこでしんのに助け出されたあかねの無事を知り安堵する。帰り道、あおいは独りで帰るという。あかねと慎之介、そしてしんの、3人で帰るように促す。 帰路にあかねのジムニーの中で慎之介は、しんのと出会って自分が夢をかなえる途中にいることを思い出したと語る。そして音楽のこともあかねのこともあきらめないと告白する。あかねも、あおいがかつての自分の年齢に達し、大人になりつつあることを知る。そしてあかね自身の生き方に踏み出す時期を知る。そうして二人がお互いに向き合えたとき、後部座席で眠っていた「しんの」は霧散した。「しんの」はタイムスリップではなく13年間お堂に封印されていた慎之介の思いそのものだった。そして慎之介の心の中へと戻った。

かつて故郷に留まったあかね。井戸の底から見上げる空の青さを誰よりもはっきりと認識した。慎之介もあかねのかけがえなさを胸に東京へ出た。そして音楽で成功して、あかねを迎えに来たいと願った。しかし成功できなければ戻れないとか、大切なのに大切だと言えず、本末転倒な袋小路にはまり込んでいた。しかし、あかねは待っていた。慎之介も夢の途中であがいていた。お互いに、ようやく向き合うときが訪れた。それは多かれ少なかれ、多くの人が通り過ぎて封印している思いに他ならない。多くの観客が二人の遅咲きのスタートラインに祝福をおくる。人それぞれ胸に仕舞い込んだ思いと向きあう機会を得て、自分のこととして涙を流して、そして慎之介のように置き去りにした心のピースを埋めることができたのではないだろうか。

あおいは、しんのが慎之介の元へ戻ることを知っている。しんのの思いもあかねの思いも知っている。そしてひとり田舎道を帰る。その先を目指して歩んでいく。